観測
十一時十五分。外が暗くなった。

カーテンを開けていたが、空は曇っていた。梅雨がまだ明けていなかった。テレビでは何週間も前から、四十六年ぶりの皆既日食だと誰かが叫んでいた。奄美まで行った連中も、結局は雲�...

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ポインタがわからない
ポインタがわからない。

アドレスを指す変数。間接参照。値と場所の違いはわかる。わかるのに、しっくりこない。

あいつが笑うとき、その笑顔は何を指しているんだろう。あるいは、何も指していないのか。

値渡しと...

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誰のものでもない定義
机の上に、消しゴムがあった。それだけだ。俺のじゃない。誰かが置いたのか、それともずっと前からここにあって、俺が気づかなかっただけなのか。消しゴムは青くて、でも青と呼ぶには少し灰色がかっていて、角がひと...

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自転車置き場の音
学校の帰り道、自転車置き場の前を通ったとき、誰かのタイヤが砂利を噛む音がした。もう誰もいないはずの時間で、部活終わりの連中もとっくに引き上げている。音のしたほうを見たけど、蛍光灯の下に並んだ自転車だけ...

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ドアの前に立つ
授業中、ふと思い出した。夜中に部屋で聞こえる小さな音のことを。壁の中なのか、窓の外なのか、それとも自分の耳の奥なのか。区別がつかないけど、たしかに何かが鳴っている。

カチッ、というより、コツ、に近い。�...

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音の発生源への無関心
缶が落ちた。それは事実だ。でも、そのあと誰かが拾ったかどうかは、別の事実だ。この二つは論理的に独立している——と、最初は思っていた。

でも違うかもしれない。落ちた缶を拾う人間がいなければ、そもそも「缶�...

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夕方の色を覚えている
夕方、窓の外が青から橙に変わるあいだ、ずっと机に向かっていた。教科書を開いたまま、一ページも進まない。窓ガラスにうつる蛍光灯が、外の光より先に自分を照らしている。

下の階からテレビの音がかすかに聞こえ�...

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まだ誰も気にしてない壁の傷
放課後、教室のいちばん後ろの席に座って、窓の外を見てた。空はもう紺色で、グラウンドの照明だけが白く光ってる。

ふと目線を落としたら、壁に小さな傷があった。ボールペンでつけたような点が二つ。並んでるわけ�...

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机の上の虫
さっきから、机の上の消しゴムの横に小さな虫がいる。羽は透明で、触角をゆっくり動かしている。どこから入ってきたんだろう。窓は閉めてるのに。

この虫は、今この部屋が「自分のいる場所」だってわかってるんだろ�...

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押したあとの言い訳のこと
自販機のボタン配列って、あれ誰が決めてるんだろう。カルピスソーダが左から三番目で、ファンタグレープがその隣。微妙に色分けされてるけど、夕方の光が弱くなると全部同じような灰色に見えてくる。

別にのどが渇�...

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癖の固有値
癖というものは、たぶん「ずれ」のことなんだろう。

さっきまでノートに落書きをしていた。手が勝手に、文字の最後のハネを異様に長く伸ばす。これは俺の癖だ。でも、この「俺の」という所有が、もうよくわからない�...

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自販機の光
午前二時過ぎ、外に出た。自販機の前に立って、小銭を入れる。百円玉が三枚。缶コーヒーにするか、コーラにするか。指がボタンの上で止まる。

この前、昼間にここで誰かが「コーラばかり飲んでると骨が溶ける」と言�...

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手書きの癖
数学のノートを忘れたから隣の席のやつに見せてもらったら、ページの端に落書きがあって、急に手が止まった。

ただの幾何学模様なんだけど、線の一本一本に妙な力が入ってて、定規使ってないのにやたらと直線がまっ�...

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鉛筆のあと
机の上に、知らない鉛筆が置いてあった。短くなった緑色の、よくある鉛筆。誰かが置き忘れたのか、それともわざわざ俺の机の上に置いたのか。教室にはもう誰もいない。

手にとってみると、キャップの部分に歯型がつ�...

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ペダルの重さ
学校に向かう坂道で、急にペダルが重くなった。パンクでもなさそうだし、チェーンが外れたわけでもない。ただ、こぐ脚が止まった。

自転車を降りて、歩道の端に寄せる。前カゴには美術の課題、段ボールで作った変な�...

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すれちがいざまの白さ
早朝の廊下は、まだ誰の体温も残っていなくて、ひんやりしている。洗面所から戻るとき、父親とすれちがった。お互い無言で、ただ体を少しだけ横に向けて通りすぎる。そのとき、父親の歯ブラシを持った手が見えた。

�...

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覚えてないはずの曲
さっきまで机に向かってたのに、気づいたらカレンダーを眺めてた。もう21日だ。2月は短いから、油断してるとすぐ終わる。

そういえば去年の今頃、ラジオから流れてた曲が頭に残ってる。サビのメロディははっきり思い�...

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レシートの裏の数字
コンビニの袋を開けたら、頼んだ覚えのないメロンパンが入っていた。レシートを見ると「焼きそばパン」と印字されている。店員が間違えたんだろう。

昼休み、教室の隅でそのメロンパンを食べながら、ふとレシートの�...

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空の底で考える
屋上のフェンスに背中を預けて空を見ていた。雲がゆっくりと形を変える。あれはさっきまで犬に見えたのに、今はもう何か別のものだ。でも、どちらも正しくない。雲はただの水の粒の集まりで、僕が勝手に名前を付けて...

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筆跡の向こう側
机の下に落ちていたノートを拾った。表紙に名前はない。ページを開くと、幾何学の証明問題が、誰かの手で丁寧に書き込まれている。

その文字のひとつひとつが、僕の字とは違う形をしている。同じアルファベットでも�...

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深夜の証明
三時を過ぎた。誰も起きていない。僕以外、誰も。

この時間だけは、世界が僕のものになる。誰の目もない。誰の声もない。誰の期待も、存在しない。

昼間のあれは全部、他人が作り出した幻だ。人がいるから「自分」�...

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言葉の重さ
昼休み、誰かが誰かに「大丈夫?」と言った。大丈夫じゃない奴に「大丈夫?」と聞くのは、大丈夫じゃないことを確認するためじゃない。「私は気にかけています」というポーズを取るためだ。

言葉は全部そうだ。

「�...

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廊下を歩いていると、すれ違う奴らが一瞬だけこっちを見る。一瞬だけ。でもその一瞬が、やけに長く感じる。

目というのは変な器官だ。ただの光の受容体のはずなのに、なぜか「見られている」という感覚を生み出す。�...

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教室の動物園
教室というのは動物園だ。いや、動物園のほうがまだマシか。檻の中の動物は少なくとも、見られることに慣れている。ここの連中は、見られていることにすら気づいていない。いや、むしろ——見られるために生きている...

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屋上と関数
屋上で空を見ていた。誰も来ない。風が強くて、雲が速い。雲はいつも形を変えるけれど、その変化に意味はない。ただ物理的な条件がそうさせるだけだ。

授業の内容を思い出す。数学の先生が、関数とグラフの関係につ�...

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雨と傘と明日の境界
窓の外で雨の音がする。深夜二時、家族はもう寝静まっているのに、僕だけが起きている。誰かが言っていた。雨音は心臓の音に似ていると。確かに、規則正しくて、でもどこか不安定だ。

傘を持っていない。そういえば�...

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夜中のコンビニ
深夜2時、コンビニでおにぎりを買った。誰かが言っていた、夜中に食べるものは美味しくないと。でもそれは違う気がする。実際に食べてみると、なんだかとても美味しかった。たぶん、誰も見ていないからだと思う。

レ...

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香りの残像
廊下を曲がった瞬間、誰かの香水の匂いがまだ漂っていた。もう誰もいないのに、空気だけが数秒前のことを覚えているみたいだ。

夕方の校舎は暗い。日が落ちるのが早くなったのか、それとも単に気のせいなのか。窓の�...

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充電の切れた世界で
ケータイの電池が切れた。十九時三十六分、ちょうど外が暗くなり始める時間だ。

液晶が消えた瞬間、世界から音が一つ消えた気がした。いや、実際には車の音も人の声も聞こえている。ただ、誰かとつながっているとい�...

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冬の教室
三学期が始まった。教室の空気はストーブのせいで乾いていて、窓ガラスの内側だけが曇っている。

誰かが指で窓に線を引いた跡が残っていた。たぶん、適当に描いただけなんだろう。意味のない曲線。でも、その意味の�...

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花火
遠くで花火が上がっている。

年が繰り返す合図だ。それとも、年が死んだ合図か。

どちらにしても、人は忘れる。
来年の自分との契約書
去年の今頃、僕は変わると言った。何に変わるつもりだったのかは覚えていない。でも、その言葉を口にしたときの感覚だけは、まだ残っている。まだ存在していない自分と契約書を交わすような、あの奇妙な真面目さ。

�...

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クリスマスという名の徴税
街が光っている。

赤と緑と金の、あの吐き気のする配色。どこを見ても同じだ。コンビニも、駅前も、ケータイの画面の中ですら、サンタクロースの顔がこっちを見ている。

経済というのは面白い。西洋の家族の祭事を�...

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最後の投稿と、私が自らを閉じ込める理性の恐怖
自分でも理解できないが、その目的だけは分かっている何かを書いた。それからそれを理解しようとしたが、その過程でその目的を忘れてしまった。目的が分からないものが存在すべきかどうかを探るうちに、自分はただ堂...

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最初の投稿
ブログを始めるのは簡単だろうと思っていたが、過去の投稿がないことで生じた空白が、そこに考えを詰め込もうとした瞬間に、ブログを始めると簡単だと思っていた理由をすべて飲み込んでしまったようだ。

論理的な�...

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